
ドキュメンタリー制作では、撮影・編集・構成などを自ら行っています。映像の世界に軸足を置きながら、ノンフィクション書籍の執筆や講演など幅広い活動を展開しています。
映像作品はテレビ放送やネット配信、劇場公開以外にも、国内外のさまざまな会場で上映。想いや願いのこもった作品を、参加してくださる皆さんに「手渡し」で届けています。
2022年公開予定
ドキュメンタリー映画
袴田さん映画化プロジェクト


いまから55年前、静岡県清水市(現静岡市)で一家4人が殺害された事件で、死刑が確定した元プロボクサーの袴田巌さん(85歳)。半世紀近くにわたり無実を訴えながら死刑と隣り合わせの獄中生活を送り、2014年に静岡地裁の再審開始決定で釈放されました。
その袴田さんの人生と、袴田さんを支える姉の秀子さん(88歳)を追った長編ドキュメンタリー映画の制作がいよいよスタートしました。報道記者時代から、「人と司法」をテーマに数々の番組を手掛けてきた笠井のライフワークともいえるプロジェクトです。
20年前、テレビ局の駆け出し記者だった笠井は、秀子さんのもとを訪れ、袴田さんが獄中から送り続けたという膨大な量の手紙に触れます。親族以外は面会することも、手紙のやり取りも許されない確定死刑囚。そんな袴田さんについて、手書きの優しい文字や家族を思いやる言葉から、思いをめぐらせたのです。
「社会から隔絶され、それでも息をしている人がいるー」
その当時、事件のことはまるで、この世の中から忘れられているかのようでした。それでも秀子さんはひとり、毎月のように東京拘置所に出かけ、弟との面会を試みます。やがて笠井は、そんな秀子さんの近くで個人的にカメラを回すことを決意します。
本作で描かれるのは、奇跡の釈放と生還の瞬間、ふるさと浜松での新しい暮らし、そして再び立ちはだかる司法の壁……。世界で最も過酷な闘いのリングに立った元ボクサーと、それを支える家族の物語にご注目下さい。
2020年刊行
ノンフィクション書籍
「家族写真」
3.11原発事故と忘れられた津波

私の暮らす「日常」と被災地での「非日常」。夜行バスでつながった2つの世界は、年を追うごとに距離を縮め、溶け合い、いまでは私の中で一つの世界になっている——。(本書プロローグより)
福島県南相馬市で8歳の長女と3歳の長男、60代の両親を津波で失った上野敬幸さん。東日本大震災が起きた2011年、名古屋のテレビ局記者だった笠井は、津波に見舞われた萱浜の海辺で偶然、上野さんと出会いました。上野さんの目の奥に宿る深い悲しみ。やがて笠井はテレビ局を退社。肩書のない「私」として、福島に通い、上野さんや被災地の人々を撮影し続けることを決めます。
海辺での出会いから、一本の映画ができるまでの日々を辿る一冊。映画「Life 生きてゆく」には描かれなかった「もうひとつのLife」がそこにあります。
ページをめくると、美しい福島沿岸部の風景の中を、季節はゆっくりと進んでいきます。まるで道端に小さな花が隠れて咲くように、そこにはいくつもの宝物のような物語がありました。
津波で亡くなった方々に思いを馳せながら、笠井が一文字一文字に心を込めてつづった、第26回小学館ノンフィクション大賞受賞作です。
2020年 第26回 小学館ノンフィクション大賞受賞
‣小学館ホームページ
2017年公開
ドキュメンタリー映画
「Life 生きてゆく」

天国にいる大切な人たちに、笑顔で伝えたい。
「ありがとう」
東日本大震災が発生した2011年から6年をかけて完成したこのドキュメンタリー映画は、津波と原発事故という複合災害に見舞われた福島県沿岸部の知られざる悲しみと、心の回復を描いた物語です。
南相馬市萱浜。60代の両親と8歳の長女、3歳の長男の4人を津波で失った上野敬幸さんと妻は、いまも行方不明の長男が見つかることを願い続けています。震災の年の秋、新たに女の子を授かった夫婦。悲しみを乗り越えて生きようと、一進一退をくり返しながら、それでも歩みを止めない上野さん一家の姿に、カメラがそっと寄り添います。
笠井が自ら100回以上現地に足を運び、カメラを回し、共に歩みながら記録した450時間の映像。そこから生まれた115分の作品です。映し出されるのは、失われた命と、新しい命とが交わる“奇跡”のようなひととき。そして、映像は私たちに問いかけます。
家族とは、そして生きることとはー。
2017年 あいち国際女性映画祭 長編フィルム部門 ノミネート
2017年 山形国際ドキュメンタリー映画祭「ともにあるCinema with Us」招待上映
2017年 福島映画祭 招待上映
2018年 第9回 座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル コンペティション部門 入賞
2018年 第5回山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞(2021年〜同賞選考委員に就任)
‣山本美香記念財団ホームページ
2013年開始
短編ドキュメンタリー
東北・想い願うプロジェクト


(2013年4月 南相馬市)
東北の地に未曽有の被害をもたらした東日本大震災。発生当時、名古屋の中京テレビに勤務していた笠井は、休日を利用して被災地に通い始め、フリーランスになったいまも、東北の各地で映像を記録し続けています。
こうして被災地に暮らす皆さんから預かった大切な「言葉」と「映像」、そして貴重な「教訓」の数々を、誰かに確実に、手渡しで届けたい——。そんな想いから2013年6月、笠井とその仲間が集まり立ち上げたのが「東北・想い願うプロジェクト」です。
笠井が制作した映像作品の上映やトークイベントは全国各地、さらには海外でも開催され、これまでに計63回、総来場者数5000人(2021年2月時点)を超えました。
被災当事者・遺族の悲しみに“区切りや節目はない”と私たちは考えます。その想いと共に、東北とそれ以外の地域とを心でつないでいく私たちのプロジェクトも続いていきます。